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通過中日雙語帶你了解日本人的生死觀

時間:2020-03-09 10:19  編輯:Amy  來源:青島日韓道學校  

摘要:通過中日雙語帶你了解日本人的生死觀。一直以來,日本人都給我們一種懂禮貌的感受,對于日本文化的了解也并不是很詳細,為了幫助留學日本的小伙伴更深入的了解日本,今天青島日語培訓就帶大家去了解一下日本人的人生態度,其實通過這些可以幫助我們了解日本人...

 

  通過中日雙語帶你了解日本人的生死觀。一直以來,日本人都給我們一種懂禮貌的感受,對于日本文化的了解也并不是很詳細,為了幫助留學日本的小伙伴更深入的了解日本,今天青島日語培訓就帶大家去了解一下日本人的人生態度,其實通過這些可以幫助我們了解日本人的性格,方便大家掌握如何去和日本人更好的相處和交往。

通過中日雙語帶你了解日本人的生死觀

  本篇文章通過中日雙語的形式展現給大家,一方面可以幫助大家練習日語,同時也有助于大家去了解日本人的性格特征,一起來讀一下這篇中日雙語文章吧。

  死者をどのように埋葬するかは、民族の死生観や他界観にかかわることであり、その民族の文化の根本をなすものである。肉の復活の思想を根底に置くキリスト教文化においては、遺體は丁寧に飾られて、來るべき復活に備える。遺體を損傷するなど許されざるタブーである。一方、輪廻転生のなかで魂の実體を信ずるインド文化においては、遺體そのものは重大な関心事にならない。

  怎樣埋葬死者的問題,關系到一個民族的生死觀與彼世觀,構筑了其民族文化的根本。在植根于人死后肉體復活思想的基督教文化中,遺體會被精心打扮,以備將來復活那一天。因此,毀損遺體是絕不可行的禁忌。而在印度文化中,人們相信存在一個輪回轉世的靈魂實體,遺體也就并不值得過分關心。

  注:印度的輪回思想相信輪回中有自我的靈魂,一切眾生的自我來源于“梵”,解脫即回歸于“梵”,與“梵我合一”的狀態。這與佛教所說的輪回不同,佛教的輪回并沒有一個像靈魂一樣的主體,而是業力聚合而成的能量,恒常不停的運作,就如瀑流,當中并無一個靈魂實體的存在。

  遺體の扱いという點では、土葬と火葬は両極端に位置する。したがって、この両者が同一の文化の中で共存することは、通常は考えがたいことである。しかし、日本においては何故か矛盾、対立を伴わずに共存してきた。日本の長い歴史の中では、土葬が主流であったといえるのだが、それでも、火葬が忌むべきものとして、排除されたことはなかったのである。

  就處理遺體這一方面來看,土葬與火葬處于兩個極端。因此通常很難認為兩者能共存在同一類型的文化中。然而不知什么原因,在日本,它們卻能毫無沖突地共存下去。在日本漫長的歷史中,可以說土葬一直是主流,但即便如此,火葬也并非作為一種禁忌而被忌諱排斥。

  これには、日本人が古來抱いてきた死生観や、その背後にある霊魂と肉體との関係についての見方が、背景にあったものと思われる。日本人本來の宗教意識の中では、魂というものは、肉體とは別の、それ自體が実體をともなったものであった。魂は、肉體を仮の宿りとして、この、あるいは、あの、具體の人として現れるが、肉體が朽ち果てた後でも、なお実體として生き続け、時にはこの世にある人々に対して、守り神にもなり、また、厄病神にもなった。しかして究極においては、ご先祖様として、神々の座に列することともなるのであった。

  要說這一現象的背景,恐怕是和日本人自古抱有的生死觀、及其背后對靈魂與肉體之間關系的觀點有關。在日本人固有的宗教意識里,“靈魂”與肉體并不是一體的,它本身的存在就伴隨有實體。靈魂把肉體作為暫時的居所,盡管它作為某個具體的人物出現,但在肉體徹底腐爛后,靈魂仍能作為一個實體繼續存在,對現世的人們而言,它們有時還會成為守護神,也或是成為瘟神。而到了最終,它們也會被奉為先祖位居諸神之列。

  注:中國也有類似的觀念,即“魂魄”,魂屬陽神,相當于精神,魄屬陰神,相當于形體,人死后魂歸于天,魄歸于地。

  古來、日本人にとっては、人の死とは、霊魂が仮の宿りたる肉體を離れて、二度と戻らない狀態を意味した。霊魂はまた、一時的に肉體を離れることもある。であるから、人が失神したときには、必死になって霊魂を呼び戻そうとした。近年まで各地で広範囲に行われていた、魂よばいといわれる一連の儀式は、日本の葬式文化の特徴をなすものであったが、それはこのような霊魂観に裏付けられていたのである。皇室において、「もがりの宮」という儀式が伝統的に催されてきたが、これも、魂よばいの洗練された形態と考えられるのである。

  自古以來,對日本人來說,所謂人的死,即意味著靈魂離開了暫居的肉體,從此不會再回來。而有時候,靈魂也會暫時性地脫離肉體。因此在有人昏迷時,人們就會拼命呼喊,讓靈魂重新回來。這種一連串的儀式被稱作“招魂”,直到近年還在日本各地廣泛流行,它形成日本墓葬文化的特征,其底流就是日本人的靈魂觀。在皇室,自古舉行一種叫做“殯宮”的傳統儀式,這或許也是民間“招魂”被提煉后發展出的形態。

  注:中國民間很早就有招魂之俗,稱“叫魂”、“喊魂”、“招魂”。人死后,死者親屬會手持死者的衣服,登上屋頂呼喊名字。

  霊魂がなかなか戻らず、遺體が形を崩し始めると、人々はいよいよ死というものを受け入れざるをえなくなった。こうなると、殘された亡骸は、生きていたときのその人の、今の姿なのであるとは感じられず、たんなる魂の抜け殻に過ぎなくなる。抜け殻になってしまった遺體は、一刻も早く埋葬する必要がある。そうでないと、悪霊が乗り移って、災厄をもたらさないとも限らないのである。

  當靈魂遲遲不歸,遺體開始腐敗時,人們就不得不承認死亡這一事實。這樣,留下來的遺骸只不過是一具沒有靈魂的空虛軀殼,眼前的容色已與死者在世時不同。這具成為軀殼的遺體需要盡快埋葬起來。若稍有遲緩,就可能為惡靈所趁,給人們帶來災厄。

  日本人は、どうも死者の遺體に無頓著なところがあるといわれ、それがまた火葬が普及したひとつの背景ともなっているのだが、その理由の大半は、以上のような霊魂観にある。ところで、霊魂のほうは、肉體を離れた後、すぐに遠くへといなくなってしまうわけではなく、死者の墓や遺族の周辺に漂っているものと考えられた。遺族が供養したのは、死者の亡骸そのものというより、この漂う霊魂を対象としていたのである。

  日本人似乎并不怎么重視死者的遺體,這也成為火葬普及的一大背景,但究其理由,大部分則源自上述的靈魂觀念。而靈魂在離開肉體后并不會立刻消失在遠方,它仍會在死者墓前或家屬周圍徘徊一陣。因此家屬所祭奠的對象,與其說是遺骸,不如說是這個游蕩的靈魂。

  この漂う霊魂が、いかに実體を伴ったものとして考えられていたかは、菅原道真の例によく現れている。平安時代の人々は、道真の怨霊が仇敵らにたたって、その命を奪ったのだと、真剣に受け取ったのである。しかし、霊魂もいづれは、この世を去ってあの世に行くものと考えられた。あの世とは、古代人の意識の中では、おそらく天空であったと考えられる。そして、あの世とこの世の接點になるのは、だいたい山であった。霊魂は、折節につけ、あの世から山を伝わってこの世に戻って現れ、人々の生き様を見守るのである。

  在日本人的觀念里,徘徊的靈魂到底是如何伴隨有實體存在的呢,這在菅原道真的例子就得到了很好的說明。平安時代的人們相信,道真的怨靈在他的仇敵身上作祟,奪取他們的性命。但靈魂遲早有一天也會離開此世,前往彼世。在古人的意識里,恐怕彼世就存在于天空。那么山岳就成為了此世與彼世匯合的地方。靈魂有時會沿著大山從那邊的世界回到這邊的世界,守護現世的人們。

  日本各地に古くから行われている、祭りや年中行事の殆どは、神となった霊魂を山中あるいはその代替としての依代に迎えいれ、ねぎらうという體裁をとっている。神道の諸行事は、それを體系化したものにほかならない。死者の霊魂があの世に移るのは、死後33年たった頃か、長くとも50年後のことなのだろうと考えられた。遺族による祭祀も、このあたりが節目となるし、またこの頃にもなれば、霊魂も安らぎをえて、あの世に上り、ご先祖様として、神になることができただろうと考えられたのである。

  日本各地自古以來所舉行的各種廟會及每年的定例儀式,大部分都采用這種形式,即把成為神的靈魂迎入山里或作為山代替的“依代”。神道的各種儀式正是以上習俗系統化后的產物。死者靈魂前往彼世界的時間是在死后33年后的日子,最長也就是50年后。因此,家屬的祭祀也以這個時間為一個階段,當這一天再度到來時,靈魂已得到安息,上升到那個世界,成為了人們的先祖神。

  通過中日雙語帶你了解日本人的生死觀!以上就是青島日語學習班帶來的詳細介紹,其實不管大家怎么去了解日本人,還是要多和他們交流,畢竟每個人都有不同的性格,不可能一概而論。

關鍵字: 日本人 中日雙語
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